くさかべかさくの【ぼく拾い上げです】

4月の映画「わたしは、ダニエル・ブレイク」




素晴らしい映画でした。地味なのに鮮烈な演出が心をつかみます。
物語作りの参考にもなる場面も多く、DVDが出たら手元に置いておきたいです。

大工のダニエルは心臓病で医師から就業禁止――ドクターストップを受ける。
国から援助手当を受けようとするが、制度の複雑さと杓子定規な役人(正確には政府から委託された民間会社)の対応によりなかなか手当を受けられない。
同じく援助を受けようとするシングルマザーのケイティとその二人の子供と知り合い、ダニエルは彼女たちを支えていく。

女性職員「帽子をかぶるぐらい腕は上げられますか?」
ダニエル「手足は悪くない、カルテを読めよ、悪いのは心臓だ」
女性職員「電話のボタンなどは押せますか?」
ダニエル「悪いのは指じゃない、心臓だって言ってるだろう」
女性職員「簡単な事柄を人に伝えられないことは?」
ダニエル「ある。心臓が悪いのに伝わらない」
女性職員「態度が審査に影響しますよ。急に我慢ができなくなって大便を漏らしたことは?」
ダニエル「こんな質問がつづくと漏らすかもな」

これは物語冒頭、ダニエルが福祉事務所職員から就労可否の審査を受けているシーンの会話です。
この冒頭の会話から、観客はスクリーンに引き込まれます。
やり取り自体はコミカルで笑いが漏れるものなのですが、この杓子定規な会話こそ、最初から最後まで常にこの物語の中心を走っている本質でありドブ川でもあります。

ダニエルは心臓病により今まで雇用支援手当を受けており、先の会話はその継続審査なのですが、後日、彼は「就労可能」と判断され手当中止の通知が届いてしまいます。もちろん、特に病状が良くなったわけでも何でもない、今までどおり就労はドクターストップが掛かっているにもかかわらず、です。

不服申し立てを行おうとするダニエルですが、それにはその前に義務的再審査なるものをする必要があり、そこでまた時間を食ってしまいます。その間、手当は中止されているままですから、食い扶持を得るため、今度は求職者手当を受けることを職員に勧められます。

もちろんおかしいです。だって、働けないんだから。医者が無理だと言っているのだから。
要するに、ただのポーズです。履歴書を書いて近場の会社に配って求職実績を作るけれども、実際に面接打診の電話が掛かってきたら断るしかない。物語内では、それにより会社から「誠実な人間かと思ったのに時間の無駄だった。がっかりだ」と厳しく叱責されるシーンもあります。

個々人の病状をまともに見ないまま、ただマニュアルどおりの対応をするだけの職員。
そんな存在に疑問とジレンマを感じながらも、真面目に、実直にやるべきことをこなしていくダニエル。
しかし、彼も次第に精神をすり減らしていき、ついには支援を受けることを諦め、全ての家具を売って僅かな金に換え、家に閉じこもってしまいます。

この一連の流れを観ていて感じるのは、悔しさと怒りです。
悲しい映画を見て涙が出ることはよくありますが、悔しくて涙が出てくることはそうそうありません。
ですがこの映画、いつの間にかこちらもダニエルに共感し、歯を食いしばって瞳が潤んでいます。

シーンごとの描かれ方は何かを劇的にしている訳でも大げさにしている訳でも無い。
むしろ役所仕事が淡々と進んでいくだけなのに、どうしてここまで感情が揺さぶられるのかと不思議なくらいです。

この映画は緊縮財政下の現代イギリスの福祉現場の取材を基に作られているそうです。

実際、イギリスでは2013年、49歳の女性が心臓と肺の移植による高血圧や腎不全などで10種類の薬を必要とする状態でしたが、入院先の病院で命も危ういというときに、就労可能として手当中止の通知が届けられ、その9日後に死亡したという事例もあるようです。
決してこの映画もフィクションとして過大に誇張している訳ではないということが分かります。

さて、ダニエルは支援手当を受けるための福祉事務所で、シングルマザーのケイティと出会います。

二人の子供がいるケイティは、金も無く身寄りも無い状態。前住所で役所から手当された住宅は狭いワンルームで家族三人が住むには小さ過ぎて、息子のディランにいたっては精神的な悪兆候も見えていました。
そのため、最近になって新たな広い住宅を手当され、この街に引っ越して来たのですが、地理が不案内のため、手当審査の時間に遅れてしまいます。

そこでやはり杓子定規な職員とトラブルになってしまい、事務所からの退室を言い渡されます。

その際、初対面のダニエルが立ち上がり、受付待ちの男性に言うのです。

「次は誰だ? あんたか? 彼女に順番を譲ってやってくれないか?」
「いいとも」
「(職員に向かって)さあ彼女の話を聞け。助けを求めているんだ。子供が二人もいるんだぞ」

予告の冒頭の場面ですね。

これはちょうどダニエルが不服申し立てについて門前払いされた直後の出来事であり、観客に溜まっていた怒りがここで共に発散されます。
と同時に、ダニエルの人柄がこれでもかというくらいこちらに伝わってくる、色んな意味合いを持った場面です。(もっとも、二人は成すすべなく事務所の外へと追いやられてしまう訳ですが)

また、フードバンクのシーンも名場面です。

支援が必要な人のために、食料や日用品を無料で配給する場所があり、それがフードバンクです。

ケイティは日頃から夕食は子供に与え、自身はリンゴ1個のみ、という日が続いている状態なのですが、このフードバンクに初めて来た日、彼女は棚から果物の缶詰を手に取ると、何も言わないまま蓋を開けて、その手に直接果物を受けそれを貪ります。床にシロップが散るのも構わず、ただ口に放り込む。

直後、我に返った彼女は、自身の惨めさに泣き、そこまでいってようやく「お腹が空いて――」と言います。

これは何というか個人的には目から鱗だったという感じで、ああ、本当にお腹が減ってる人は「お腹が減ってる」なんて言わないんだな、というリアリティを強く感じました。

女優さんの演技が凄かったというのもあるでしょうが、この一連の動作は非常に説得力があるもので、耐えられない空腹状態であるということが強く喚起され、また、そこから一拍置いて初めて羞恥や自己嫌悪というものが内面に現れてくるのだという気付きを得られます。

そしてそこから彼女に語り掛けるダニエルの言葉も、決して上からではない、優しいまなざしから発せられるもので、実によろしいです。

まだまだ面白いところ、見るべきところはあるのですが、私が語るよりも、一度ご鑑賞頂くのが一番かと思います。
社会派作品はあまり得意ではなかったのですが、そんな私でも純粋に楽しめました。
強くお勧めします。

【 かなしい 】★★★★★
【 たのしい 】★★★☆☆
【 ハラハラ 】★★★★☆
【お気に入り度】★★★★★




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